2010年9月9日木曜日

志と「ビジョンと決断」

朝一に読んだ経済の話題を転載しておきます。
特に印象的だったのは最後の段落。

「 ただし、いずれも「そのポテンシャルが日本には十分ある」と私は言っているにすぎない。そのポテンシャルを本当に実現できるかどうか、それは日本企業の努力にかかっている。
なによりも、経営のビジョンと決断にかかっている。


これ、本質ですよねー。政治家にも言えますよねー。

さらに発展させて
志(こころざし)がビジョンと決断の源泉となる。(ハマ 寺平 壮:1)
--転載ここから--
「18年周期説」で読む2026年の日本


プレジデント 9月7日(火)10時30分配信















オイルショックやリーマンショックなど、戦後の経済ショックは18年ごとに起こっている。次のショックが予想される2026年前後までの日本の経済成長を予測する。


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■日本の成長率が低下した三つの時期

リーマンショックから、2年の月日が経とうとしている。2008年9月15日は、世界の経済史に長く語り継がれる日になるであろう。日本経済にとっても、リーマンショックは1973年のオイルショック、91年のバブルの崩壊と並ぶ、戦後の三大ショックの一つだった。

図は、戦後日本の高度成長が始まった50年代半ばから09年までの日本のGDPの実質成長率のグラフである(内閣府国民経済計算の年度別データ)。

このグラフを見ると、成長率が激しく降下した時期が三つあることがわかる。73年のオイルショック、91年のバブル崩壊、08年のリーマンショックの時期である。そのショックの起きた年の前年の成長率と、そのショックの翌年の成長率を比べてみると、オイルショック時には成長率は一気に9.1%からマイナス0.5%へと、10%近く下落した。バブル崩壊のときには、90年の6.2%成長から92年には0.7%まで落ち込み、93年にはマイナス0.5%になってしまった。リーマンショックの場合、07年の1.8%から09年にはマイナス2.0%へと落ち込んでいる。

奇妙なことに、この三つのショックの間の期間は、18年と17年で、ほぼ同じである。そして、高度成長が始まった56年前後から数えれば、オイルショックまでの期間も、18年。18年とは、経済の一つのサイクルが終わる時間の長さなのであろう。産業発展の波のサイクル時間、といってもよいようだ。



73年のオイルショックは、56年頃から始まった高度成長の発展期の終焉を意味した。それは、戦後の日本産業の発展の第一の波の終焉だった。この時期の日本産業の中心は重化学工業であり、市場の中心は国内であった。91年のバブルの崩壊は、日本産業の第二の波の終焉であった。この18年間の日本の産業の中心は自動車とエレクトロニクスという「高度機械加工最終財産業」であり、発展のための市場の中心は欧米であった。

バブル崩壊からリーマンショックまでの低迷の17年間には、日本産業の第三の波がくるはずだった。私は第三の波が支援型産業(部品・素材)と統合型システム産業(たとえば、通信機器、情報機器など)が中心となり、市場の中心はアジアになる、と考えていたが、その予想は半分しか当たらなかったようだ。産業の中心は自動車と並んで電子部品・高機能素材産業しかなかったというべきであろう。市場も、アジアは伸びてはきたものの、欧米に取って代わるようになるのは17年間の最後のほうだった。

三つの波のそれぞれの時期に、日本の経済成長率は階段を下がるように低下していった。56年からの18年間の平均成長率は9.1%であったが、74年から91年までの18年間は4.1%に下がった。そして、バブルの崩壊からリーマンショックまでの17年間は、たった1.0%の成長しかできなかった。


■2%程度の経済成長は可能

こうしてほぼ18年サイクルで大ショックが日本を襲い、そのたびに日本の成長水準が下がっている。もしそれがリーマンショック後も繰り返されるとすれば、次の大ショックは26年前後で、それまでの18年間の成長水準はほとんどゼロに近い、ということになる。

それは、日本が人口減少期に入ることを考えれば、十分ありうることである。人口が減る国では、経済全体の規模でいえば成長はそれだけ低くなって当然だからである。しかし、成長水準がかえってバブル崩壊後の17年間よりも高くなる可能性を感じさせるプラス要因もないわけではない。リーマンショック後の18年間には、日本産業第四の波は、かなりの確率できそうだと思える。少なくとも2%程度の経済成長を可能にするだけの産業の波はありそうだ。



第一のプラス要因は、中国やインドというアジア諸国の成長である。インドネシアも遠からず成長し始める可能性が高い。バブル崩壊後の17年間とは違った成長環境が日本の近隣で起き始めた。

第二のプラス要因は、日本の産業発展の波の源泉として期待できそうな技術革新が起こりうることである。環境やエネルギーの制約を克服するための環境・エネルギーという新しい分野でのイノベーション競争がこれから本格化していく。その競争に、これまで戦後の三つの産業の波で日本産業が培ってきた技術基盤が活きる可能性が高い。



アジアを中心とする新興国需要の拡大は、鉄鋼・自動車といった重工業、機械工業で日本がこれまで国際的競争力を築いてきた産業が、世界的に再び成長産業になることを意味している。どの国が経済発展するときにも基礎的に必要となる産業だからである。事実、すでに21世紀に入って、自動車も鉄鋼も造船も、世界的には成長産業になっている。その世界的な需要の拡大のしずくが、日本の産業にも回ってくる可能性が高い。いわば、日本産業第一の波、第二の波の産業基盤が、世界的に活きる状況になってきた。

そうした新興国での経済成長はまた、部品・素材といった産業財の分野での世界的な需要の拡大が期待できることを意味する。電子部品を中心とする高機能部品、あるいは機械産業の下支えをするさまざまな加工部品、そして高機能素材など日本企業が世界一の競争力を持っている分野はまだ多い。日本産業の第二の波の発展がもたらした日本での技術蓄積のおかげである。



つまりせんじつめれば、日本産業第四の波の可能性が高いと思える理由は、第一に戦後の長い期間を通しての日本の技術蓄積の深さ、第二にアジアの成長、第三に環境・エネルギー制約という新しい経済環境の登場である。第一の理由は日本の能力についての、第二と第三の理由は日本にとっての市場需要の存在についてのものである。

ただし、いずれも「そのポテンシャルが日本には十分ある」と私は言っているにすぎない。そのポテンシャルを本当に実現できるかどうか、それは日本企業の努力にかかっている。なによりも、経営のビジョンと決断にかかっている。

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東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科教授

伊丹敬之=文

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